銀色の鹿(しか)(宮崎)

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  1. 昔話・民話

 今から何百年も前のことです。一人の若者(わかもの)が、年老(としお)いた父母のために、冬の海で、寒(さむ)いのをがまんしながら魚をとっていました。
 「朝から魚が一つもつれん。こまったなあ。」
と、ため息をついていると、どこからか、ザーという波の音にまじって、悲しそうな歌が聞こえてきます。それは、こんな歌でした。


「海くもった三百六十五日木の実も食えず草の実も食えず

鹿なく島はどんなに悲し 九十九人の狩人(かりうど)が

九十九島(つくもじま)をとりまいて 親うつ子うつ 

どんなに悲し島をとりまいて 親うつ子うつ どんなに悲し」


若者が、歌の聞こえるあたりを見ると、見事な角(つの)を持った鹿
が泳いでいるではありませんか。若者はとっさに鹿にあみを投げ、やっとの思いで鹿を舟の上に引き上げました。
 若者は岸にもどると、つかまえた鹿をわらの上にねかせて、ぬれた体をふいてやったのです。すると、どうでしょう。鹿の体が見る見るうちに銀色に光りかがやいてくるではありませんか。若者はその鹿の美しさに見とれてしまいました。 

その夜、若者はふしぎなゆめをみました。ゆめの中に神様があらわれ、
「若者よ、私は今日からこの村に住むことにした。わたしの社(やしろ)(神社)をつくってほしい。」
と告げられたのです。若者は、村人たちに銀色の鹿を見せ、ゆうべのふしぎなゆめの話をしました。村人は口々に、「海を渡(わた)ってきた銀色の鹿は、きっと神様のお使いじや。」
「ゆめのおつげのとおり、神様をむかえる社をたてよう。」
と言い、みんなで力を合わせて、社をたてたのでした。
 社ができ上がると、ふしぎなことがおきるようになりました。朝にも夕方にも、何百頭もの鹿のむれが、海の向こうから泳いでくるのです。それを見た村の人たちは、

「向こうの島から銀の鹿 神様乗(の)せて まいられた」

と歌うようになりました。それは、九十九島でころされたり、食べ物がな<て死んでいった鹿のたましいが、この社に集まってくると信じたからです。
 それからのち、村人たちは鹿を神の使いと信じ、鹿の角のかざりや皮のかざりなどを使わなくなったそうです。

 

※宮崎の鹿島(かしま)神社は、昔は「沖(おき)の島」にありました。しかし、のちになって沖の島は波によるしんしょくが進んだため、げんざいの場所にうつされたということです。

 

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